2017年8月18日金曜日

レギュラスと潜水艦運用コンセプト

The Regulus: The First Nuclear Missile Submarine(レギュラス:最初の潜水艦発射ミサイル)をみたので所感

はじめに

 レギュラスは、米国が戦後に開発した初の潜水艦発射型ミサイルである。これはV-1をベースに開発されており、弾道ミサイルではなく、巡航ミサイルや対艦ミサイル、対空ミサイルといったミサイルと同類といえるものであろう。 ここで一つ疑問が生じる。すなわち、レギュラスの潜水艦運用、設計思想における影響である。

潜水艦対地攻撃コンセプトの起源

 戦間期に、日本海軍は、航空機搭載型の巡航潜水艦を開発しており、また、戦中には航空機を複数搭載する大型潜水艦を建造している。(フランスで建造されたスルクフにも航空機は搭載された。)前者は、漸減作戦における潜水艦の役割を支援するための偵察機とも考えられるが、後者については、パナマ運河を攻撃するための、いわば、戦略兵器と呼べるかもしれない。ここで思い起こされるのは、米国に対する日本の潜水艦搭載機による空爆と砲撃である。これは、潜水艦が地上に対して行使しうる火力を実戦において示した最も初期の例の一つであろう。このことから、潜水艦による対地攻撃のコンセプトは発展してきたのかもしれない。


潜水艦対地攻撃コンセプトの発達

 対地攻撃コンセプトの発展と航空機を複数搭載した大型潜水艦の建造は、潜水艦の備える隠密性を用いた攻撃が可能となったことを意味する。大戦中の日本海軍では、敗戦と潜水艦と搭載機の能力の不足から、これを証明することは不可能であった。しかし、冷戦と核兵器の登場は、この状況を一変させた。核兵器の登場は、単位当たりの火力の投射能力を大幅に向上させた。さらに、ソ連の核保有は、米国の核独占による優位を喪失させ、米国の核戦力に対する脅威を顕在化させた。特に核兵器による艦船への攻撃能力を試験した米国による一連の核実験と長距離爆撃機の発展は、映像中でも触れられているが、水上艦に対する大きな脅威となった。
 水上艦の優位が損なわれ、また、本質的には脆弱な長距離爆撃機によっては、ファースト・ストライクに対する報復能力が劣ることは明らかである。これらから、潜水艦による対地攻撃コンセプトは、核時代において、脚光を浴びることになったと考えうる。そして、この流れの中で開発された兵器がレギュラスであり、後のポラリス―潜水艦から弾道ミサイルを発射するコンセプトは大戦中のナチスドイツの計画による―である。


レギュラスとポラリスのコンセプトの差異

 しかし、ここでレギュラスとポラリス―巡航ミサイルと弾道ミサイル―を同一視することは、潜水艦の運用コンセプトを認識する上では有害である。これらは、冷戦においては、ともに核抑止の一翼を担ったことは事実である。しかし、この両者の間には、射程において大きな隔たりがある。つまり、レギュラスが沿岸部にある目標しか狙えないのに対して、ポラリスは、内陸部にある目標に対しても攻撃が可能なのである。この差から明らかになるのは、レギュラスが大戦中にあった沿岸の重要目標に対する潜水艦からの対地攻撃コンセプトの直系であるとことに対して、ポラリスは、技術の発達により明らかにこのコンセプトとパラダイムを異としている。
 さらにこの両者の差異は、潜水艦の設計にも見出すことができるだろう。つまり、レギュラスの発射プラットフォームは、燃料タンクや格納庫、発射用のレールを備えなければならないのに対して、ポラリスのプラットフォームは、ミサイル発射管に統合されている。換言すれば、レギュラスの発射プラットフォームは、かつての日本海軍の航空機搭載型潜水艦のような設計になるのに対して、ポラリスの発射プラットフォームは、これとは大きく異なる設計となるのである。
 レギュラスの発射プラットフォームの設計は、発射時に浮上する必要があり、その際、非常に脆弱となるため廃れていった。これは、当然のことといえるだろう。しかし、沿岸部に対する潜水艦からの攻撃コンセプトは廃れたわけではない。技術の発達により、射程が大幅に向上したとはいえ、今日のトマホーク巡航ミサイルが今日のそれである。
 なぜ巡航ミサイルと弾道ミサイル―レギュラスとポラリス―の系譜が、未だなお存続しているのか、この疑問に対する回答は、非常に明快である。すなわち、発射プラットフォームの建造コストとミサイルそれ自体のコストの差である。これは、レギュラスとポラリスの時代からはっきりと表れている。レギュラスの発射プラットフォームであるグレイバック級潜水艦の満載排水量は、2700トン程度であるのに対し、ポラリスの発射プラットフォームであるジョージ・ワシントン級原子力潜水艦は、満載排水量が6700トンと、グレイバック級の2.5倍近い満載排水量となっている。もちろん、通常動力潜水艦と原子力潜水艦の差はあるであろうがこの差は埋めることはできないであろう。同様のことは、ロサンゼルス級原子力潜水艦またはシーウルフ級原子力潜水艦、バージニア級原子力潜水艦とオハイオ級原子力潜水艦のあいだにもいえることである。

結論

 このように、潜水艦からの対地攻撃というコンセプトには、二つの系譜が存在し、その系譜は今なお存続している。そして、レギュラスの系譜は、攻撃型原子力潜水艦の運用コンセプトへと合流しながらも存続を続け、オハイオ級原子力潜水艦の一部を巡航ミサイル発射専用プラットフォームへと改装するということに至った。これは、潜水艦による対地攻撃が艦隊決戦の支援として開発された能力の一部をもって行われ、対地攻撃専用のプラットフォームへと移行したのと同様のこと言いうるだろう。そしておそらく、今後もレギュラスの系譜は、存続を続け、潜水艦の対地攻撃能力はより洗練されたものになっていくに違いない。そして、現在は、大国のみが保有しているこの能力が中小国までに普及することによって、世界的なリスクが高まるという結果に陥るのかもしれない。